書きかけの小説仮置き

ガスンという不吉な音とともに、機体のどこかで何かが停止した。
ああ、これはダメだ。
ガボが思った瞬間、背中から聞こえていたエンジンの騒音がぴたりと止んだ。どうやら、不調の燃料ポンプが引き金になってエンジンがその鼓動を止めてしまったらしい。
「……まずいな。」
コンソールのスイッチを操作し、コンプレッサーの強制スタートを試みる。しかし、やはり燃料供給に問題があるままでは無理があるのか、掛かる様子はない。
どうやら、先ほどの空戦で撃墜した敵機の破片を間近で浴びた時に、どこか破損してしまったようだ。
溜め息をついたガボは、操縦桿を僅かに引き上げて高度を維持したまま滑空に入った。幸いなことに、基地まではほんの20マイルほど。今の機位を数分保たせれば十分に辿り着ける。速度を落とすわけにいかないのでまだ降着装置を出して確認するわけにはいかないが、計器上は問題ないようだ。もしダメとなれば胴体着陸をする外ないが。
「こちらアロー3。ロングボウ1、聞こえるか。」
『こちらAB。稼ぎ具合はどうだ、アロー3。』
「戦果は上々だがエンジンが止まった。何とか滑走路までは下ろせそうだが、他のヤツのケツに突っ込みたくないんでちゃんと空けといてくれ。」
『あいよ。途中で落ちる時はちゃんと言ってくれよ。お前の部屋の酒はみんなで山分けにするから。』
「ぬかせ。」
管制との交信を打ち切ると、ガボは注意を眼下に戻した。
四方の地形を確認しながら視線を巡らすと、左斜め前方に微かな点が見つかる。次第に大きくなっていくそれは、広々と連なる草原の合間に切り開かれた飛行場だ。
ガボは、燃料タンクの弁を開いて翼端から燃料を捨てた。航空燃料はそれなりの値段がするし、傭兵であるガボにとっては燃料代も自前である。出来れば捨てたくはないが、着陸時に機体ごと燃え上がるのは避けたい。
風向計を見ながら、愛機を滑走路へのアプローチに乗せる。レーダーもない機体だが、着陸用ビーコンの受信機だけはきちんと動作している。ミーミーというか弱いブザー音が、着陸進路の正しさを証明している。
着陸脚を下ろすと、ガクンと速度が落ちる。計器を確認すると、左の着陸脚がロックされていない。これはこの機体のクセのようなもので、ガボは手慣れた様子で操縦桿を左右に揺すってやる。すると、軽い衝撃があったあと着陸脚のロックランプが点灯した。
小さく溜め息をついて速度と角度を確認。
時速160ノットまで減速した機体を、慎重に迎え角を維持したまま降下させる。眼前に急速に広がっていくコンクリートの滑走路。着陸寸前、いつもの胃が縮上がる感覚がガボを襲う。ドン、と衝撃が後ろから、そして続けて前輪が弾む。
ホーカー・ハンターFGA.Mk9は、無事その足を大地に下ろした。パイロットである、ガブリエル・フィッツヘラルド空軍大尉は安堵のため息を漏らした。


アフリカの星1979


ルアンダ民共和国は、アフリカの南西部にある。北にコンゴ、ザイール、東にザンビア、南をナミビア(南西アフリカ)と接している。南部はナミブ砂漠へと続く砂漠地帯、北部はコンゴ川流域へ連なるジャングル。その間の広大なサバナがルアンダの大地である。
ルアンダの歴史は、ポルトガルによる植民地として始まっている。
15世紀に建設された植民市ルアンダを中心にして、ポルトガル人はコンゴ川流域を浸食していった。その後長く新大陸への奴隷供給地として栄え、ブラジルをはじめとした南米各国に数百万人を送り出したと言われる。
20世紀になって漸く独立運動が始まるが、独裁者サラザルの植民地堅持政策によりポルトガル軍による支配が長く続いた。その独立は1975年。他のアフリカ各国に遅れること10年以上という遅さであった。
現在、独立から4年が経過しているが、ルアンダはまだ情勢不安定である。
独立を長く指導してきたのは共産党系のルアンダ解放人民運動(MPLL)であるが、彼らは共産党の総本山であるソヴィエト連邦と、その尖兵たるキューバによって支援されてきた。特にキューバからは顧問団として千人規模の軍人が派遣されていたし、その武装もザイール経由で運ばれた東側の装備で成り立っていた。
一方、独立派にはMPLLと立場を異にする組織もあった。ルアンダ民族解放戦線(FNLL)及びルアンダ全面独立民族同盟(UNITL)である。前者は北部に勢力を持ち、後者は南部を勢力下においているが、どちらもポルトガル軍と戦った独立運動勢力であり、MPLLとは違い自由主義をそのテーゼとして掲げていた。
ポルトガルの宗主権放棄により、首都ルアンダを含んだ中部一帯を支配下に置くMPLLが政権与党の座につくと、FNLL及びUNITLは独立闘争からそのまま権力闘争に入る。ルアンダ内戦の始まりである。
独立後の主導権争い、平たく言えば主義主張などあまり関係ない利権目当ての頭目争いに過ぎないこの内戦は、その後援勢力によって次第に代理戦争の様相を帯びてくる。
MPLLに対しては、引き続きソ連キューバの支援が続けられた。それに対抗して、反共産主義のために、アメリカやイギリス・フランスといった西側諸国からFNLL及びUNITLへ支援が送られた。これによってルアンダ内戦は東西冷戦の代理戦争の様相を帯び始める。
さらには、ソ連と対立を深めていた中国や、南西アフリカの支配権確立を目指す南アフリカ連邦といった国々も反政府勢力の支援をはじめる。それに対抗してソ連から軍事顧問団が送り込まれ、キューバからは10万人規模の兵士が派遣されるに及び、ルアンダ国内は混沌とした有様となっていた。