器に水が満ちるように

特に深い意味はないエントリだけど、思いついたことを。
文章を起こしているとき、あるいは構想を練っているときの感覚を表す表現として、「情景が沸き上がる」だとか、「イメージがふくらむ」だとか、あるいは「感性がほとばしる」といったような表現が、割と一般的に使われると思うのですが。実は私、こういった表現を聞くたびに、何か今一つ自分の中の感覚と噛み合わない表現だと感じていました。少なくとも、私が何か書いているときとはちょっと印象が違う。。
じゃあ、どんな感覚なのだといわれると、今まであまり適切な表現が見つからなかったのですが、ついこの間ふっと思いついたのがこの表現。
「器に少しずつ溜まった水があふれるように」
何をして器といい、何をして水というのかと問われると、具体的なことは何も考えていないので大変困るのだけれど、とにかく、文章を書いているときは器から水が零れている感覚なのです。
調子が悪いときはちょろちょろと。調子が良いときはじゃぼじゃぼと。
表面張力ギリギリ一杯まで溜まっても零れないときもあるし、大して溜まってもいないのに器をひっくり返してしまうときもある。
器の水が減ってきたら何とかして汲んで来なければいけないときもあるし、放って置いてもだぼだぼ流れ込むときもある。
何ともあやふやな表現ですが、非常に表しにくい自分の中の感覚を言葉にすると、こんな感じなのかな、と思った次第。
そして、器から溢れるのが甘露なのかただの水道水なのか、はたまた気違い水なのかは自分では分からなかったりします。水が甘いか苦いかは、読み手たる蛍さんにしか認知できないのです。